善い先生・善い生徒

善い先生は善き生徒にもなれる

この言葉は私の講師として師と仰ぐ方から頂いた今も大事にしているものです。

人を教える立場を頂いくと、わかったつもりで傲慢になり、人から学ぼうとしなくなりがちです。

良寛和尚が毬つきをして、子供達と遊んでいたのは、子供から学ぶ為でもあったでしょう。

– 廣瀬センセの今日も上機嫌リーダー *1,568 –

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